出席メール(農村社会学)

第6回目



  1.  三圃式農業は高校の世界史で習ったが、村全体を3つに分けるとは知らなかった。封建時代、階級間は不平等だったが、村のなかでは割り替えなどの平等なシステムが確立していたと知った。

     村請けというシステムはセーフティネットの役割をしていたんだなと思う。

     あと、議論を戦わすはずの学会で統一見解をはかろうとするのは愚考だ!

      **様へ

       メール、ありがとうございました。

       封建制下の農業は、「むら」単位の農業であったということが重要です。支配階層はヒエラルヒー構造になっており、階層間には不平等がありましたが、「むら」の原則は平等と共同でした。「むら」での生活は低位安定的なもので、発展性という点で近代社会と大きく異なっていたと言えます。

       封建制から近代への変化については、次回お話しします。

       日本の「むら」構造は学会にも及び、本来、議論によって問題認識が深まり、真理探究が進むはずの社会科学の学会においてさえ、集団の意思というようなものが重視されます。そしてその構造が、一部の利害関係者に利用されることさえあるのです。

            柏 久


  2.  出席しました。

     農協のお話興味深く聞かせていただきました。
    日本の農業で農協がここの農家の自主性を抑制しているような気がしていたのですが あながち私の観察も間違っていなかったということでしょうか・・

     しかし農協に完全に頼っていた昔に比べると産直などの普及で生産者と消費者のお互 いの顔が見られるようになってきて、農家の差別化が図られつつあり、少しはいい方 に向かっているのではと思います。

      **様へ

       メール、ありがとうございました。

       農協という組織をどのように評価するかは、どのような価値視点に立つかによって大きく変わってくると思います。人間は主体性を持つことによって、生き生きと生きることができる、という考え方を、私はもっています。日本農業が活気を失い、衰退してきた一つの原因として、日本の農業構造が農民から主体性を奪うようなものになっていた、ということをあげることができます。そして、この構造の一翼を農協が担っていたと言えると思います。

       今や農民の農協離れが進んでいますが、それはまさに人間性の解放であり、きわめて健全な姿だと思います。農民と消費者との交流などが農業界のメジャーなものになるかどうかはわかりませんが、少なくともこれまでの農業構造のアンチテーゼとなることだけは間違いないと思います。

            柏 久


  3.  出席しました。

     零細分散散圃制は平等性を保つためのものである。それは、領主からの要求を村全体で請け負い、運命共同体になるために平等を貫かねばならなかったからである。ここまでは悪くないと思うのですが、そうして生まれた「むら」の構造が、先生の批判されている、政官業の癒着構造につながっているのですね。このあたりの問題はまだよく理解できません。「むら」という生活形態は簡単に否定するものではないとも思いますし。これからも考えていきたいと思います。

     また、その「むら」の平等性ですが、どの程度守られていたのでしょうか。どんな組織にも自分の利益だけを追求して他人のことを考えない人間はいるだろうし、制度が軌道に乗るまでにはいろいろと問題があったと思いますが。

      **様へ

       メール、ありがとうございました。

       「むら」構造と政官業(学)の癒着構造とが深く関わっているという点に関しては、まだ十分に理解してもらえていないであろうと思います。この点は、非常に重要だと思います。残り5回の講義で、少しでも理解していただけるよう、余談の時間を十分にとりたいと思います。

       いつも言うことですが、私は「むら」構造を批判していますが、「むら」を全面的に否定しているわけではありません(これは農協に対しても同じです)。人間がよりよく生きるためには、主体的に生きる必要がある、と私は考えており、「むら」構造は主体的に生きる大きな障害となっている、と見ているのです。「むら」の良さというものを生かしながら、人々が生き生きと生きていくことができる社会システムの構築、これが重要だと思います。

       藩制村(幕藩体制下の「むら」)は、自然発生的に成立した「むら」(惣村)を支配体制に組み込んだものだといわれています。「むら」の平等性がどの程度守られていたかについては、はっきりしたことは言えませんが、支配の構造からして平等原則を尊重せざるを得なかったことは間違いないといえます。だからこそ、近代化して130年以上経つにもかかわらず、いまだ「むら」における平等原則が、そこここに顔を出してくるのです。

           柏 久


  4. 出席しました。

    先週の出席メールの返信で、「むら」以外の出身者が「むら」の一員になるのは、「むら」の土地、「むら」の財産を分与する事を意味するから難しいとありましたが、それを読んで初めて総有の本当に意味するところがわかった気がしました。今までは、自分が「むら」出身ではないため私的所有をベースにしてしか考えられず、総有とは言っても「むら」のつながりが強いぐらいにしか捉えられていませんでした。「むら」に属する人々の意識の中で、土地が「むら」の所有でもあるという考えがどのくらい大きいのか知りたくなりました。

    今回の講義では、封建制度のもとで個々の農家に地代を要求するのではなく「むら」全体に対し地代を要求したというのを聞いて、「むら」が平等性を重視する理由と、零細分散錯圃制が生じた理由を理解する事ができました。ヨーロッパでは変わったのに、なぜ日本では滞在的総有の考え方が変わらなかったのか気になるので次回の講義も楽しみにしています。

      **様へ

       メール、ありがとうございました。

       以前、農地の継承について話をしたことがありましたが、それに関して農家出身の受講生から、あまりに当然過ぎて、都会出身者との意識の違いを実感した旨のメールが来ました。まさに農民にとって、農地というのは「特別な意味」を持つものであり、代々継承するものを持たない都会の人間にとっては、わからない感覚なのかもしれません。そして代々継承してきたというのは、決して私的に所有してきたという意味ではないとなると、もはやついていけないかもしれません。

       次回お話ししますが、封建制の時代と近代とを截然と分けるものの一つに土地(農地)所有の違いがあります。近代社会に生きるわれわれは、土地を私的所有の対象としか見ることができませんが、封建制の時代には、領有と総有しかなく、農民は耕作権(株)をもっていただけなのです。それはヨーロッパでも日本でも同じことでした。ところが近代社会になり、ヨーロッパでは農地の私的所有が確立したのに対し、日本では、上からの制度改革により、一応、農地の私的所有は成立しましたが、そこには潜在的総有というものが残りました。その点に関しては、次回お話しします。

           柏 久


  5.  前回のメールは書き方が悪く、うまく伝わらなかったような ので、今回は同じ内容をできる限り丁寧に書いてみたいと思い ます。

     前回、僕が書く際、イメージしていたのは、具体的には次の ようなケースです。

     まず、川岸に家が数件あるとします。そして、その川の対岸 に黄金が眠る蔵がある。もし、その家々の住人が、外的な要因 によってまったく行動が抑制されていなかったら、おそらく、 「我先に」と、蔵に侵入し、眠る黄金を自分のものしようとす るでしょう。場合によっては、ほかの住人の船を壊し、黄金す べてを独占しようとする者が出てくるかもしれないし、或いは 、独り占めするために競争者を殺してしまう者が出てくるかも しれない。まったくの無秩序状態−ちょうどイラクで起こって いた状態です−になるはずです。こうした状況に陥らないため には、常に何らかの要因が人々の行動を抑制していなければな りません。その要因に関して、以下のように二つの形態が考え られます。

     一つは、(建前として)相互に信頼し、抜け駆けをする者は いないという前提とする形態です。この場合、実際の抑止力は 、抜け駆け者を許さないための相互監視しと、抜け駆けしたも のへの厳しい対応に依拠しています。いわば、「仲良しクラブ 」が、「その成員なんだから」という形で、「無言の掟」に従 わせている状態といってもよいかもしれません。  もう一つは、その相互監視では、住人の行動が抑止できなく なった場合にとられる形態です。言い換えれば、「どうせ誰か が抜け駆けするに決まっている」ことを前提にするのです。そ して、抑止力を、住人の間で了承された「法」に求める、こう した形態です。

     両者の違いは、無言の掟か、法かという違いだけではないか と言われるかもしれませんが、両者は決定的に異なるものだと 思います。「無言の掟」の抑止力は、住人の内部にとどまって いますが、「法」は、その外部に、つまり超越的な場、にあり ます。(*1)その結果、比喩的にいえば、「無言の掟」はエ ントロピーが小さい状態でしか機能しませんが、「法」は、エ ントロピーが大きくなっても機能することになります。いや、 正確に言えば、エントロピーがある一定以上大きくなった結果 生まれてくるのが「法」なのです。

     以上のように二つの形態に分類されることが可能ならば、そ れに該当するのは言うまでもなく、前者が日本、後者が西欧と 言えます。(前回書いたように、後者が西欧(ヨーロッパ)が 該当することは、ホッブズが、「万人の万人による闘い」を「 自然状態」と位置づけたことに象徴的に表れてると考えていま す。そこでは、もはや相互信頼などという「夢物語」ははるか 過去に放棄され、「我先に」と人々の間には熾烈な争いがおこ ると想定されているのです。また、「裏切り者」という言葉に 関してですが、先の例で言えば、黄金を取りにいった者の事を 「裏切り者」と表現しています。住人側にとって見れば、その 者は、裏切り者としてとらえられるはずで、僕は「住人側の立 場に立てばそう感じられるであろう感情」を使って、「裏切り 者」と表現したのです。従って、ここでは、「裏切り者」とい う言葉の中には、いかなる価値判断も含まれていません。黄金 をとりにいった者の行為の善悪は、その時々の状況により、判 断されるべきです。先の例で言えば、黄金を手に入れるという 行為が、泥棒ならば、「悪」でしょうし、(現在の世の中では 肯定される)新しい事業による金儲けを比喩しているなら「善 」でしょう。この特殊な意味で使ったからこそ「」つきの裏切 り者という形で書いたわけです)。

     前回書きたかったのは、以上の内容です。これ以上でもこれ 以下でもありません。僕としてはよく言われる何の変哲もない 内容を、簡単に書いたつもりでした。もちろん、伝わらなかっ たのは、僕の書き方が悪かったためだと思います。その点に関 しては、深く反省します。また、ホッブズを下手に持ち出した のも、かえって分かりにくくしただけのようで失敗でした。( ただし、個人主義と対置される状況として、「万人の万人によ る闘い」ということを想起するのはそれほど奇異なことではな いと思います。実際、前回のメールの10を書かれた方も「各 人が必死で他の人と闘争を始めたり」と書いておられますが、 これは明らかにホッブズの言葉を意識したものだと思います) 。

     「書き方が余りにおろそかだったこと」、「下手にホッブズ を持ち出したこと」この二点に関しては、明らかに僕の責任で す。以降、気をつけます。ただ書きたかったことがなぜ伝わら なかったかを別の観点から邪推すれば、一つのことを、どうし ても感じてしまします。以下は、まったくの僕の印象です。失 礼を承知で書かせていただきます。

     それは、先生の思考の中で、あるいは思考のモデルの中に、 集団と異なる行為をあえてするものの行為は「善」なる性質を 持ったものだということが、あらかじめ前提されているのでは ないか、ということです。実際、先生は日本の体質を現すとき によく使われる「赤信号みんなで渡れば怖くない」でもそうで すし、授業で話された「踏み絵の拒否」でもそうです。もし「 善」なる性質を持った行為だけをモデルに考えれば、僕が書い た内容は伝わりにくいのではないかと思うのです。

     さらに言います。もしそうなのだとしたら、僕が、前々から 言っている「個人主義の危険性」も先生の中にもあるというこ とになります。個として振舞うことが過剰に奨励されることの 何が恐ろしいか、それは、自分の判断を絶対であると信じ込ん でしまうことです。「自ら判断する」とということは、自らの 判断が客観的に妥当性を備えたものであるか、絶えず問うこと でもあるはずです。過剰な「個の奨励」が、僕にとって浅薄に 見え、そこに危険性さえ感じるのはまさにその点にあります。 (その意味で、「個とエゴイズム」ではなく、「個と我儘」の 問題だ、と書くべきだったと今は思っています。)もちろん、 こう書くのは先生の行為自身がそうだということではありませ ん。あくまで、ここで書きたいのは「個の確立」を標榜するな ら、自らの行為の正当性を絶えず疑うべきだということです。 そして、日本の風潮は、それをあまりに軽視しているのではな いか、僕の言いたいことのすべてはそれにつきます。

     長々と書いて、すみません。最後まで読んでいただいてあり がとうございます。

    (*1)僕は、この「超越的なものの未分化な状態」が、日本 という国の文化の一つの特徴だと思います。例えば、世俗の権 威というものと、超越的なものの権威が不可分につながってる 天皇という存在はそれを物語っていると思います。ヨーロッパ や、中国では、皇帝の権威を承認し支えているのは、超越的な 場にある「神」であり、「天」です。前者に関しては、王権神 授説が、後者に関しては、天命思想が、そのことをよく物語っ ていると思います。しかし、天皇は、内在と超越の境界に位置 づけられているのです。

      **様へ

       長文の、そして考えさせられるメール、ありがとうございました。あなたが、自分の主張を、私に何とか理解させようと努力されていること、よくわかります。私も何とか理解しようと努力しているのですが、今回も十分な理解に到達していません。申し訳ありません。

       私があなたの主張を理解できない理由を、あなたが分析してくださっていますが、それは当たっていないと思います。

      「思考の中で、あるいは思考のモデルの中に、 集団と異なる行為をあえてするものの行為は「善」なる性質を 持ったものだということが、あらかじめ前提されているのでは ないか」

       私は、集団と異なる行為をあえてすることが「善」だ、などと思ったことは一度もありません。私が問題としているのは、いまの日本の社会において、筋の通らぬこと、明らかに不善と考えられることが、集団の力によって善となされることがあまりに多いということです。しかも集団の意思が、一部の人間によって決せられ、その決定が集団全体のためになるかのように吹聴されるが、実は一部の人間の利害にもとづく決定であり、集団の多くのものは、長いものには巻かれよとばかりに沈黙を守る、という状態が日本社会に蔓延していると思っています。私が批判しているのはこの状態です。だからこそ「赤信号 … 」の話や、踏み絵の話をしたのです。

      「それは、自分の判断を絶対であると信じ込ん でしまうことです。」

       あなたは、私が自分の判断を絶対であると信じ込んでしまっているかように言われますが、それはどのような根拠によるのでしょうか。私は講義の中で話したように、自分をウェーバリアンだと思っています。ウェーバーは、極端に言えば、社会科学がある価値視点からの解釈でしかない、と捉えています。そして価値の当否は、科学によっては決することができないので「神々の闘争」が起こる、としています。まさにマルキストや共産主義者の絶対主義的傾向に対して、相対主義を主張していると言ってよいのです。

       私もウェーバリアンを自称している以上、自分の判断を絶対であるとなどまったく思っていません。相対主義だからこそ、「神々の闘争」の場を保証しなければ、社会科学の発展はない、と考えているのです。農業経済学会の踏み絵などは、自らの社会科学としての存立基盤を否定しているものだと思っています。

       さて、私があなたの主張を理解できないのは、あなた自身の価値視点が明らかにされていないからではないか、と私は思っています。私は、自らの価値視点を、自分に対しても、受講生の皆さんに対しても、明らかにしようと努力していますが、あなたは、私に対してあなたの価値視点を明らかにしようとしておられないのではないでしょうか。

       これと関連していうなら、「客観的に妥当性を備えたもの」ということも、私には理解できません。こういう表現そのものが矛盾をはらんでいる、と私は思います。理解できないということで言うなら、「天皇は、内在と超越の境界に位置づけられている」ということもわかりません。あなたの価値視点からいうなら、天皇はどのように評価されるのでしょうか。

       以上、残念ながら、今回もすれ違いとしかいいようがありません。

           柏 久


  6. 前回は講義の内容とは離れたことに答えていただきありがとうございます。
    しかしながら、もう少しそのあたりの問題についてお付き合いいただきたいと思います。

    まず「立身出世」という言葉についてですが、先生は通俗的な「栄誉栄達を求める」という意味に解されたようですが、私は原義で用いたつもりでした(私はこの言葉の原義を中国の古典の中で知ったと思っていたのですが、確認してみたら日本で生まれた表現のようで、その出典は確認できませんでした)。私としては、学問を通して人格・教養・技術を身につけ世に出ても恥ずかしくないように自分を練磨するという意味合いで用いました。

    一つ講義の中でお話されたことに関連して質問があります。先生は「政・官・(産)業・学の癒着」ということを仰いましたが、「癒着」と「協力」はどう異なるのでしょうか?「君子は和して同せず」と申しますが、そのような抽象的な議論ではなく、どこまでが「協力」で、何が「癒着」なのかということについて簡単に示していただきたく思います。

    学生・大学・学問というテーマについてなのですが、最近、大学を大きな「甘え」が包んでいるという気がしています。どうしてこのようなことを書いたかというと、前回の返信の中に「知を愛するものが、知の探求に一意専心するところに素晴らしい世界が広がるのであり」という表現があり少々ひっかかったからです。「知に対する純真な態度」というのを私は非難しようとは思いませんし、「美しい」態度だと思います。ただ、それだけを奉じるのも「甘え」の表れの一種ではないかと感じたからです。

    先日、文学部の友人と科目の二重登録について話をしていたら彼女の目は大学の内部にしか向いておらず、外の世界との関連とを忘れてしまっているという気がしました。具体的にいうと、私は「単位」の意義とは何かという切り口で話を始めたのですが、話は各教授の単位の見方とか熱心な学生の努力を認めるべきとかということばかりに行き、大学の存在を外から承認してくれている世間の人々にとって「単位」や大学の教育がどう受け止められているのかという観点がまったくなかったのです。世間の目のとどかない大学という閉鎖空間で「甘え」ているように見えました。

    僕の知り合いで大学などに行かずに職業訓練学校に通って印刷技術をみにつけて職についた人物は、大学生も自分達と同じように「毎日大学に通って」自分たち職工にはわからない難しいことを「習得」しているのだろうと想っているようなのですが、この人物からしてみれば講義に出席せずに試験(試験などいくらでもごまかしのきくもので、着実な実力を必ずしも必要としないというのは、高卒の人には充分わかることです)で単位だけとって卒業するなんて許せないことなのです。

    またある私大に通う友人の母親は、やたらと息子の講義に「休講」が多いので(何割かは友人の嘘だと思うのですが)授業料を返せと電話したいほどだと愚痴をいっていることがありました。

    また、大学生の大学生活に関するレポートを読んでいたら「親も大学では学問よりも遊びに力をいれ社会や人間関係を学んだと言っていた」というような言説によくあたったりしたのですが、こういうのを見ると怒りさえ覚えたことがあります。これらの学生の親の世代が学生であったころは、我が祖父母がかつての森の中での自給自足的な生活から抜け出し、以前は氾濫時の川原であったところにようやく自分の農地を持ち自分で家を建て(文字通り、屋根あげ以外はすべて自分と家族の直接労働による建設)、子供達を満足に高校へも入れて社会へ送り出した時期であると思うのです。そうした生活の中から納めていた税金で運営をしていた大学でそんな態度が許容されていたのかと思うと正直悔しくなるのです。

    また、卑近な例ですが大学生なら未成年でも飲酒が許されるという慣習も私には理解しがたいです。何を根拠にそのような無責任行動が許されると思っているのでしょうか。大学・大学生というのはそのような超法規的な行動が公然と日常的に許されるほどまでに特権的な存在なのでしょうか?

    「大学の自治」という言葉のあるように、大学には大学の論理があるのだ、という意見もあるかもしれません。しかし、それならば各業界には各業界の常識と論理があるのです。以前、私の故郷で「談合」事件が大きくニュースになった時がありましたが、それを見てかつて中小企業で事務職についていた知り合いは、「私も談合の現場をよく見たけれど、あれはお互いに仕事を順番に回しあって不公平を失くすためのもので、別に失くす必要のある慣習とは思わない」と言っていました。しかし、そのような「談合」も「外」からすれば様々な弊害を持つ慣例と受け止められるのです。大学だけが、「大学の自治」という言葉を盾に様々な特権的な振る舞いをするのは「甘え」ではないかと思うのです。第一、私には「大学の自治」という言葉がよくわかりません。大学の外ではどのようにしてその自分たちの「特権性」を説明するのでしょうか?

    「知を愛するものが、知の探求に一意専心するところに素晴らしい世界が広がるのであり」という表現に少々ひっかかったのは、自分がそのような余裕のある環境の出自ではないからかもしれません。かつては、そういう言葉に憬れもしたのですが、二十歳を過ぎてみて、祖父も父も伯父達もそのころには立派に稼ぎを持っていたという事実に気づくとそのような憧憬と好奇心だけを自分と学問との紐帯にはできなくなったのです。

    「大学とは、このようなことをしているところなのです。だから、皆さんの支援・協力は決して無駄にはなっていないのです」と、「甘え」(大学内の論理と、既存の特権意識)を排し、世間に胸を晴れるように大学に関る個々人がならねばならないと思います。

    文章の構成のために先生の発言をあえて曲解した部分も少々あるのですが、以上のことについて意見を述べていただけたらと思います(特に、今大学には「甘え」があるのか、それともないのか、ということについて)。学問・大学と社会との関係についての発言は決して無意味なものではないと思うので。

    書き添えておきますと、私は決して大学という空間がこれ以上窮屈になることを望みません。ただ、結び目が「シンプル」なのと、結び目が「緩い」のとはまったく違うと思うのです。

      **様へ

       メール、ありがとうございました。あなたの大学に対する見方、考え方、非常に共感しました。

       もし、講義を媒介に、思考が「講義の内容とは離れたこと」に展開していくのであれば、そこでの議論はかならずや講義を豊かなものにすると思います。

       さて、まず「立身出世」という言葉ですが、あなたが、「学問を通して人格・教養・技術を身につけ世に出ても恥ずかしくないように自分を練磨する」ということを意味されているのであれば、私がいまの大学教育のあるべき姿と描いているもの、そのものです。となると、問題は、現実がこれとは非常にかけ離れたものになっている、ということになりますね。

      「「癒着」と「協力」はどう異なるのでしょうか?」

       盲点をつかれたような気がしました。確かに癒着を協力と置き換えてもよいのかもしれません。事実、昭和20年代、戦後経済からの復興のため、また食糧増産のため、政・官・業・学が協力して事に当たり、困難な状況を抜け出すことができたことは間違いありません。そこには理念があり、公共に尽くすという高邁な精神がありました。しかし経済がある高い水準に到達し、食糧が満ち足りたとき、理念が失われ、精神も弛緩しました。協力関係は、理念実現のためではなく、その関係によって得られる既得権益の保持のためのものに変わりました。協力か癒着かの違いは、結局、この点にあるのではないでしょうか。

       大学に対する考え方ですが、この前の返信メールである程度理解してもらっていると思いますが、あなたと私とで、「立身出世」という言葉、および「知を愛するものが、知の探究(求ではありません)に一意専心するところに素晴らしい世界が広がるのであり」の意味するところを、お互い違ったものと捉えているようですので、議論のすれ違いもありますが、全体的に見て、私はあなたの考え方に強い共感を覚えました。

       まず、お互いに違ったものをイメージしているであろう知の探究ですが、そもそも学問とは何かというところで、問題が生じているのかもしれません。あなたも私も、大学が学問の府であるという理解では、一致できるのではないかと思います。ところが、学問とは何かとなると、これがまったくはっきりしません。英語に置き換えようとしても、該当する言葉が見つかりません。leaning, study, science、どれもぴったりきません。ドイツ語でも同じです。学問という言葉は、日本語に独特のものなのかもしれません。それではどう考えればよいのか?

       近代大学の発祥地でありドイツにおいて、実は大学で学ぶことにはstudieren (study) を使います。これを日本語に訳する場合、一般には研究すると訳されることが多いのですが、実際には、学生が大学で学ぶことを studieren というのですから、ここでは研究と教育が表裏一体化しているのです。フンボルトの理念が生きていると言えます。したがって、大学とは Studium (studieren の名詞形)の府であり、学問とは「研究と教育」だと言えるかもしれません。しかし学問を単純に科学と置き換える人もいます。例えば、ウェーバーの『職業としての学問』は、Wissenschaft als Beruf の翻訳です。しかし、学問=科学というのには、違和感を感じざるを得ません。私は学問をきわめて哲学に近いものとして捉えています。今でこそ科学は独立していますが、19世紀までは科学は哲学に包摂されていました。哲学はギリシャ語では知を愛することです。私が「愛知」「知の探究」というときの知は、したがって非常に包括的なものです。

       あなたは「知の探究」という言葉で、きわめて閉鎖的、象牙の塔的なものを想像されていると思いますが、私は、社会に開かれた知、きわめて現実的な知を想定しているのです(とりわけ農学は実学であり、農業の現実と離れて存在し得るはずはありません)。ただ、それは深く掘り下げられた哲学的なものを伴うべきだと考えているだけです。したがって、知の探究に一意専心することが「甘え」などになるはずがありません。

       ただ、「最近、大学を大きな「甘え」が包んでいる」という見方にはまったく同感です。閉鎖社会の中で、学生も教官も内々の論理に甘えてしまっている。これは私に言わせれば、まさに「むら」構造のなせる業なのです。

       あなたは、5つの具体例を持ち出して今の大学を批判されたうえで、

      「大学とは、このようなことをしているところなのです。だから、皆さんの支援・協力は決して無駄にはなっていないのです」と、「甘え」(大学内の論理と、既存の特権意識)を排し、世間に胸を晴れるように大学に関る個々人がならねばならないと思います。

      と、あなたの主張をしておられます。まったくその通りだと思います。

       具体的例の中で、「大学の自治」に対しての批判は非常に重要です。次回お話ししますが、「むら」というのは一定程度の自治を認められた集団なのです。したがって「むら」には、その集団に特有の内々の論理が出来上がるのです。そして構成員は、その内々の論理にしたがっている限り、集団の力に守られた安住を得ることができます。内々の論理にしたがっている限り、厳しさは必要ありません。そこに「甘え」が生まれるのです。

       日本社会の特徴として「甘え」というものが挙げられるのは、まさに日本社会が「むら」社会だからなのです。もちろん社会状況が非常に厳しく、集団での対応が必然性を持つような場合であれば、集団内にあっても緊張を強いられ「甘え」など許されないのですが、戦後、とりわけ高度経済成長とともに厳しい社会状況は徐々に薄れてきたのです。「むら」の論理で困難を乗りきってきた日本社会に残ったのは「甘え」だけだと言えるのではないでしょうか。

       バブル崩壊以降、経済の停滞により、民間には厳しさが戻ってきました。しかも、いまや「むら」の論理では乗り切れない状況です。それは厳しさが情報革命によってもたらされたものだからです。情報革命後の新しい社会においては、閉鎖社会における構成員の「暗黙の」論理などは通用しないからです。いまや産業界においては、確実に会社共同体(「むら」)が崩壊しつつあります。もはや甘えは通用しなくなりつつあると思います。

       それに比べれば、官の世界は遅れています。しかしここでも、徐々に「むら」は崩壊していくと思います。結局、一番最後まで「むら」が生き残るのは大学だと思います。それは、「大学の自治」というものが一定程度の市民権を得てきたからです。しかし、もはや大学が特権を持つ存在である時代は終わっています。時代に応じた改革が必要なのです。それはまさに大学内の「むら」社会を解体することを意味しているはずです。

       あなたのご質問の答えになったかどうかわかりませんが、これが私の大学に対する見方です。

       ただ、この後の返信メールで書こうと思っていますが、私は決して共同体(「むら」)を完全否定してはいませんし、人と人とが力を合わせることの重要性を強く主張したいと思っています。人間は人との関係を無視して生きることなどできません。だからこそ人の間なのです。ただ人と人との関係が、ゲマインシャフトリッヒなものからゲゼルシャフトリッヒなものへ、さらには両者をアウフヘーベン(止揚)したものとしてのゲノッセンシャフトリッヒなものへと変わるべきだと考えています。

           柏 久


  7. 出席しました。

    いつもとアドレスが違うのは、学校ではなく自宅から送っているからです。

    今回の講義では、総有や零細分散錯圃制は、中世には、日本だけでなくヨーロッパにもあったということを教わりました。そこで疑問に思ったのですが、ヨーロッパにも「むら」はあったのですか。日本とヨーロッパは、中世では同じことが行われているのに、どうして現在では日本は「むら」のしがらみがのこり、ヨーロッパは個の確立がおこっているのですか。近代化の過程での両者の違いがあるのでしょうか、それとも、両者の考え方の違いがあるのでしょうか。

    おそらく、これからの講義で答えが得られると思うので、楽しみにしています。

      **様へ

       メール、ありがとうございました。

       ヨーロッパと日本の農業における近代化過程の違いについては、次回お話しします。日本では、「むら」が残り、ヨーロッパでは個別経営が確立した理由としては、様々なものが絡み合っていると思います。例えば、ヨーロッパ人の精神がキリスト教に支えられたものであり、本来個人主義的なものである、というような事情もあることは間違いありません。しかし、私が説明するようなことも、一つの理由として成り立つものだと思います。

          柏 久


  8.  先週のメールに対しての丁寧な返信ありがとうございました。先週のメールでは私自身、多少混乱していました。自分の無知さと表現力のなさを痛感します。

     先週のメールで私が言いたかったのは、ゲゼルシャフトが成り立つのはゲマインシャフトがあるからではないか、ということです。西欧の例にしても、近代市民社会(ゲゼルシャフト)が成立したからといって、ある種の共同体(ゲマインシャフト)(例えば地域的なものであったり、職業的なものであったり)が消滅したわけではない、というよりも、むしろゲマインシャフトがあるからこそゲゼルシャフトが成り立つことができたのではないか。

     全く世間的なしがらみのないところでは人間は精神に破綻をきたしてしまう、そういう事例を耳にしたこともあります。つまり、まず前提として人間はある種のゲマインシャフトに支えられ、その上でこそゲゼルシャフトの中において(個人として)個性を発揮できる、あるいは個人としてゲゼルシャフトを構成することができる。先週、私が言いたかったのは、まさにこういうことです。

     このような主張が、先生のおっしゃる「個の確立」と全く矛盾するものではないと思うのですが、あまりに個人、個人というと自分が、ゲマインシャフト的な共同体に支えられていることを忘れがちになるのではないか、と思うのです。(つまり、先生が「個人」というときには多くの場合、ゲゼルシャフトと対の概念として使っていらっしゃって、私は多少あいまいに、ひとりひとり、というような意味で使っていたので、批判をいただいたのではないでしょうか。)

     私がこのように言うのは、今現在、各人を支えているゲマインシャフトが崩壊しつつあるという事実があり、そのことは、これまであったものに代わる新しい形が求められているということでもあるとは思いますが、それを誤解してあまりに自分、自分という意識ばかりを持った人が多いという印象を受けるからです。

     日本の社会はしばしば入れ子型の社会だといわれますが、問題なのはゲマインシャフト的な論理がそのままゲゼルシャフト的な社会でも通用するというような意識がある(あった)ことだと思います。そして、時代の要請によって、その崩壊がまさに下(農村社会やいわゆる世間というような今まで社会を支えてきたゲマインシャフト的な共同体の崩壊)から始まっていることは皮肉としか言いようがありません。

     私はもちろんこのようなゲマインシャフト的な共同体も代わらざるを得ない、代わるべきだ、とは思うのですが、このような共同体のよいところも省みずに、自分がそれによって支えられてきたということを忘れて、ただ、もう古い、これからは個人だといって切り捨ててしまう態度にはどうしても納得できないのです。

     私は農村出身なのでその崩壊の過程を目の当たりにしているのですが、自然の循環を身体で知っている年寄りの姿や農村の相互扶助、協力のあり方と都会の大量消費社会、互いの無関心さ、非協力性などといった側面を比較すると明らかに後者のほうも変わるべきだと思わざるを得ず、そのくせ現実では前者が崩壊しているという事実に矛盾を感じるのです。(もちろん、現在では農村社会も大量消費社会の一部に他ならないのですが)【以上節分けは柏による】

     私は共同体論については全く無知なので、概念の使い方がおかしかったら指摘していただけると為になります。あと、ゲノッセンシャフトとは何でしょうか。長くなって、また、遅くなってごめんなさい。

      **様へ

       メール、ありがとうございました。

       いつの時代も共同体がなくなることはありません。例えば、家族というものは基礎集団であり、ある意味、共同体だといえると思います。私は、共同体を否定していませんし、自分が、家族という共同体を誰よりも大切にしている人間だと思っています。

       ただ、大きく歴史的展開を見れば、時代は、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと展開しています。ゲゼルシャフトというドイツ語は色々な意味を含んでいます。社会を表すこともありますし、会社を意味することもあります。ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと言うときには、おおよそ、共同体中心の社会から機能集団中心の社会へ、ということを意味していると言ってよいと思います。もちろん機能集団中心の社会となっても、共同体は存在しつづけますし、社会的関係性なしに個人が存在し得るはずはありません。

       日本は、近代社会になっても、共同体的なもの、「むら」の論理を、新しい社会に持ち込むことによって、経済的発展を遂げた国だと、私は思っています。明治維新後と戦後の驚異的な経済発展を支えたのは、実は「むら」の論理であり、バブル崩壊まで日本型経営ともてはやされたものは、まさにこれだと思っています。

       しかし情報革命によるグローバル化は、このような「むら」の論理を許さなくなったのです。日本が鎖国政策をとるのであれば別ですが(このようなことができないことは当然だが … )、国際社会の中で生きていこうとすれば、グローバル化に対応せざるを得ません。「むら」の中で平穏に暮らすことは悪くありませんが、それができなくなっている以上、新しいより良いシステム実現のために努力しなければなりません。それには、まずは「むら」との決別、「個の確立」が必要だと私は考えているのです。

       何度も繰り返して言いますが、「個の確立」とは決して自分本位になることではありません。他の人々をも「個」として認め、折り合っていくことです。市民とは個の確立した人々のことであり、ある意味、私の主張は、「むら」社会から市民社会へ、といってもよいかもしれません。市民社会がまとまりのないバラバラの社会と考える人はいないと思います。市民社会においても、市民(個が確立している)が力を合わせる様々な集団が生まれてきます。そこでは利益を求めるものだけではなく、きわめて共同体的なものも出現してきます。それは昨今のNPOブームが証明しています。市民による、より良い社会を目指した、新しい共同体こそがゲノッセンシャフトなのです。

       本来、農協などはゲノッセンシャフトであるべきものだったにもかかわらず、きわめて「むら」的なもので、しかも官僚の末端機構化してしまったところに、日本の農村の悲劇があったのではないでしょうか。しかも系統組織を政治が利用してきたし、利用しようとしています(自民党だけはありません。現在、日本共産党も着々と系統組織内に基盤を形成しつつあります)。これでは、日本農業・農村の未来は非常に暗くならざるを得ない、と私は思っています。

          柏 久


  9. 出席しました。

    今回はヨーロッパの三圃式農業が出てきたので、高校の世界史を思い出し、興味深く聞いておりました。

    また、前回のメールで先生にご回答頂いた食管法について、より詳しい話をして頂き、ありがとうございました。日本農業の将来を考えず、目先の損得だけ考えてしまった政治の結果、米の内外価格差11倍という結果を生んでしまった、ということがよく分かりました。

      **様へ

       メール、ありがとうございました。

       私は、世界史で三圃式農業について教わったことを、いまでも覚えています。しかし、その際に出てきた農奴という不自由な農民については、まったく理解できませんでした。大学において、三圃式農業が「むら」単位の農業であると知り、はじめて農奴とは何かということが理解できるようになりました。

       前にも返信メールの一つにおいて書きましたが、農家、農協、食管法、などは、今日の日本農業を理解する上でのキーワードだといえます。短い時間での説明で、十分な説明にはなっていないと思いますが、一つの手がかりとしてもらい、自分で調べて認識を深めていってください。

          柏 久






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    作成日:2003年6月3日
    改訂日:2003年6月3日
    制作者:柏 久